黒焼きの店

上野に「黒焼き」のお店があるので、通るたびに気になったりします。
外から見ても、瓶詰にされた、炭(すみ)のように黒焦げに
なったかのような何かがあるのがわかります。
それがまた瓶ごとに中身が違うようで、カタツムリだけははっきりと
形がうかがえますね。
調べてみると、それぞれ効能が違うらしく漢方薬的な使われ方をする
ようです。
ちなみに上記のお店のHPはこちら

源平合戦で源頼朝が勝ったのになぜか実権が北条氏になる話

有名な源平合戦での勝者は、みなさんご存知の通り源氏で、
頼朝が将軍になったのにいつの間にか、北条氏が実権を持つように
なった、と教科書にはありましたね。

これどんないきさつでそうなったんでしょうか?
将軍になった頼朝が1199年に急死、その後後継ぎで
あるはずの源頼家が将軍になるんですが、まだ18歳でちょっと
頼りないよなー、ということで北条氏を中心とする御家人が
「我々にサポートをお任せください!」みたいになったんですね。
で、その北条氏があの手この手で邪魔な、そして有力な御家人
を見事に追放、そうこうしてるうちに北条氏が執権という地位に
つき、事実上の権力者になったんですね。

とはいえ、将軍職自体は幕府滅亡まで存在はしていたけど、
実際の政治には口を出せないような状況にもってかれたっぽいです。

こう見ると、合戦で勝った頼朝も結局1代限りで権力を北条氏に
取られたように見えますね。
自分が死んだ後のことも見据えて準備って大事かなと。

東ローマ帝国とロシアの共通点

 東ローマ帝国(ビザンツ帝国)とロシアが共通点を探す
となかなか面白い。

その前に「そもそも東ローマ帝国ってなに?」って人の
ために超簡略化して説明。

ローマ帝国成立

ローマ帝国がいろんな事情で東西に分裂

西ローマ帝国が滅ぶ。実質ローマ帝国といえば東ローマ帝国を指すようになる。

……というのが東ローマ帝国。

でその場所というのが、ギリシャを中心とした地域で
文化もギリシャっぽく、言語もラテン語とギリシャ語が公用語に
なってたんですね。
そしてキリスト教の宗派も正教会だったわけです。

ここでロシアとの比較。実際にロシアに行くと正教会の建物が
わりとあちこちにありました。カトリックの教会は1つだけみましたが。
言語にしても、ロシア語で使われてるキリル文字はギリシャ文字から発展
したものです。
もっと正確に言うと、スラブ人に布教した正教会宣教師のキュリロス(
これがキリル文字と言われる理由)がスラブ語を表記するための文字を
作成、これがグラゴル文字と呼ばれるものになりました。
そしてグラゴル文字を使いやすく改良、ということでキリル文字に
なったという流れです。

だから東ローマ帝国(ビザンツ帝国)のギリシャ文字とロシアのキリル文字
は似てくるんですね~。

さて共通点としての極めつけは、国章です。
まず東ローマ帝国の国章から。かっこいい鳥のマーク。

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次、ロシアの国章。ルーブルコインにもこういう絵が付いてますね。
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ここまでくるとそっくりですね。というか意識してそうした可能性は
高いとは思いますが。

公平な審判者

我々人間というのは、どこかに公平な審判者がいるはず、というかいてほしいという願望を抱えて生きています。
「お天道様が見ている」とかいう言葉があるように、正しく生きていればいいことがあるとか、そう信じたいんですよね。
現実世界がそうではないことは、薄々皆さんが気付いて、というかあきらめている状態が真実ではあります。
実際に宗教関係の人と話した際にも「神様がいるならなぜこんな世の中に(略)」と訴える信者がいたりするとホント困るみたいなことも聞いたことがあります。
でもこの考え方、そもそもの仕様に不具合があるんではないですかね。
正しく生きる→正当な評価をされ、よい待遇になる
というとこの、「正しく」の基準が時代によっても違えば、地域によっても違うんですよ。
酒のCMが禁止の地域もあれば、拳銃を家の机の引き出しに入れておいてもオッケーとか、何が正しいかなんてまちまちですね。

努力をアピールすべきか?

結論から言って、努力は見せないほうがいいです。
理由の一つは、努力して結果を出しても、「努力したからできただけ、自分だってちょっと努力すればそれくらいできる」みたいな評価をする人たちがいるということ。
努力を見せなければ、結果を出すまでの過程を謎なままにすることで神秘性が増すってことです。もともと才能がある、そこに痺れる憧れるゥ、となるわけです。
もう一つは、ある程度形にもなっていない状態で努力ばかりアピールすると、「そんなに頑張って成果がでないなら、コスパが悪いからやめたほうがいいよ」とか、やる気を削ぐような助言をしてくる人もいるからです。
例えば英語を覚えたいとか思って、ラジオの英会話講座を毎週聞いて、気づいたことをノートにとってとか、努力自慢をしてると、「結局留学しないと英語は身に付かないよ」とか言われるかもしれない。そう言われてしまうと「そんな金どこから出るんだよ、仮想通貨で稼げってか?」とか思ってしまい、日々の努力に対するモチベーションがアルトコインの如く大暴落の憂き目を見てしまうんですよ。
そもそも、基本的に人間は他人の努力を称えようとはしない。もしいたら、それは何か下心がある者の可能性が強いんですね。
「いやあ、●●さん、素晴らしい筋力トレーニングっぷりですね。●●さんみたいに意識高い人はうち(宗教or自己啓発)の先生の話、一度聞きに来たらいいですよ!絶対マイナスにはならないから!!」とかいう方々が寄ってきます。
というわけで、努力はなるべく見せない、が基本です。
本当はお互い努力を称え合う世の中が理想、と内心では思いますがね。

人は「期待」に対してお金を払う

人間が何かに対して対価を払う動機を考えてみると、大部分を占めるのが「期待」であることがわかります。
例えばお父さんがクリスマスプレゼントを子供に買う時には、子供に喜んでもらえる自分でいられることを期待するし、英会話の教材を買う時は英語圏の人と会話を楽しんでる状態を期待するわけです。
「期待」ということは、まだ起こってないことというのが重要。結果に対してではないんですね。
「結果に対して払うんじゃね?普通」と思う人もいるかもしれないですが、確かに英会話の教材を買うことを結果と捉えれば間違いではない。ただし、教材を買ったあとに起こることに期待してるから購入に至ったと考えられます。
ただこの考えかたは、別に斬新なものでもなんでもなく、株の取引でも同じですね。
期待されてる株だからかうひとが多くて値が上がる、と考えられます。
だから逆に考えると、期待させないとモノやサービスを売ることができないと言えますね。

a bull in a china shopとは何か?

英語でa bull in a china shopというのは迷惑な乱暴者とか不注意で
不器用な人を意味します。

もとの意味は、陶磁器屋(china)に入り込んだ牡牛(bull)を意味します。
chinaは中国という意味ではなく陶磁器なので注意。

なのでchina shopは中国雑貨店ではないです。脱線するけど、中国雑貨店
って風水グッズがいっぱいあって面白いですね。
小銭を加えたカエルとか、塔みたいな置物とか、関羽の像とかですね。
日本では知らない人が多いかもですが、三国志の関羽って道教では
商売繁盛の神様として扱われています。