ギャンブルの楽しみかたはこれに尽きる

こんばんは。パチスロの台のパネル、帯をシルクスクリーンで印刷するバイトをしていた、Kyo ASAHINAです。

バイトの身分でものすごいボーナスをもらい、さらに、一ヶ月後にさらに同じくらいすごい決算賞与をもらいパチンコ業界スゲーな、と思ったのは懐かしい思い出。

てのは置いといて、ギャンブルってだいたい負けますよね。

というより、ギャンブラーの大半が負けることで業界が成立するんだし、それは当然かなというのがぼくの見解。
さまざまなギャンブル場の電気代、職員の給与、騎手とかの賞金、それら全てがどこからくるのか?造幣局がその都度印刷するのか?

違いますよ。負けてる人々が払ってるんですよ。だから、負けてるひとが多くないと、逆襲は成り立たないんですね。

とは言うものの、ギャンブルなんて時間とお金の無駄、今すぐやめろ!っていきたいわけではないです。

無駄遣いだから全部排除なんて論理を持ち出してしまうと、人類なんて地球を汚すだけの害虫だから、即刻排除しろよ、みたいになってしまうじゃないですか。生きてるって、無駄じゃね?とかの発想になるんですよ。

ギャンブルの結果なんてコントロールできない。だけど結果が出るまでの気分の盛り上がりを楽しむだけのコンテンツと割りきり、その気分を楽しむのが正解です。結果を見るまでの気分を楽しむとか。

結果をコントロールできないのは、何もギャンブルに限らないんですね。
例えばこのブログを書いても、アクセス0人だったりする可能性もありうるわけです。
そういった結果そのものはコントロールの外にあるわけですよ。読むひとが決めることでもあり、検索エンジンのアルゴリズムが決めることでもあるかもしれない。

だから大事なのは、結果が悪くてもどうでも良いくらいに思うこと、逆に良い結果でもいちいち喜ばないこと、そこが重要です。

結果を出すまでの作業自体に楽しみを見いだすのが大事ですね。